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水村繁子フラメンコスタジオ -Estudio Reina-
セビリア〜東京(目黒)を往復する水村繁子のフラメンコ教室で
flamencoな時を感じよう!!
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東京都目黒区下目黒2-21-7  水村宅 B1F
TEL  03-3490-4325 
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カーブ
スペインのフラメンコについて

flamencoというと唄・ギターそして一般的には口にバラを加えた踊り子を連想される方が多いでしょう。しかしそれはスペインの民族芸術 を指すだけでなく、 それに生きる人々やその哲学・生き方をも意味し古くはスペイン対フランドル地方(現在オランダ)との戦争時におけるオランダ兵士の悪い行状から悪い意味が 生まれ,乱暴者・やくざものというニュアンスでも使われていました。もちろん現在フラメンコ芸術の仲間同志で「彼女はとってもフラメンカだ」などという場 合、ほめ言葉として使われていますが・・・

それでは民族芸術flamencoについてお話しましょう。
flamencoはスペイン南部アンダルシア地方の文化の特別な感受性・感情が美しく深く強い形であらわれた芸術であります。そして何百年も前にインドか らスペインへ流れてきたジプシー(ヒターノ)はフラメンコにおいて重要な位置を占めています。

私が最初に渡西した年、1984年には荷車をロバにひかせたヒターノや物乞いをするヒターノをよく見かけました。最近ではロバはあまり 見かけなくな り車を利用し、カーネーション売りのヒターノ達も中国人にかわり、もちろんヒターノだけでなくアンダルシア全体が変わってきてはいますが、その昔ヒターノ は、鍛冶屋などの専門職をもっていたようです。そしてマリオ・マシヤがよく舞台で表現していたヒターノの虐げられた生活の中からも切実にフラメンコは生ま れてきたのでしょう。そして迫害されてもされても、社会の規制に縛られず、自己に解放する彼らの生き方そのものがフラメンコなのでしょう。初期のフラメン コアーティストは、全員といっていいほどヒターノだったようです。専門職があったとはいえ貧しく、一般のスペイン人から虐げられ、だからこそフラメンコの 唄が生まれたのでしょう。それは彼らの叫びだったのかもしれません。

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